感奮興起!

おはようございます!BAISOKUの吉沢です。

スキー男子団体ラージヒル、銅メダルやりましたね!

表彰台の上で飛び跳ねる選手をみていて、
胸の奥がジンと熱くなるとともに、

我が身を振り返って、
「まだまだ努力が足りん!俺も負けないぞ!」という気持ちが
俄然もりもり湧いてきました。

こういう気持ちを
「感奮興起」
というのでしょうか。

「感奮興起」とは、
何かに感じ、
「自分もうかうかしておれない」
「よし、やるぞ!」
と奮い立つこと。

人間の成長、人生の発展に不可欠の資質、要素だと言われています。

「感」じて「奮」い立って、立ち上がる、ということですね。

感奮興起するときの心のエネルギー、原動力が「憤」ですね。
やる気がもりあがってきた状態です。

人間、これが大事である、と多くの先人がこの重要性を説いています。

安岡先生のご著書より引用


佐藤一斎は『言志録』にいう。
《憤の一字、これ進学の機関なり。「舜何人ぞ。予何人ぞ」とは、方に是れ憤なり》
憤の一字とは感奮興起と同義である。
憤こそが学問を進歩させ、人間を向上させる機関だと一斎は言い切る。
「舜何人ぞ。予何人ぞ」は孔子の一番弟子、顔回の言葉。
舜というのは堯と並び称される支那古代の聖人。
その舜も人、自分も人、努力修養すれば自分も必ず舜のような人物になれる、
と顔回は感奮したのだ。

オリンピックもただ漫然と傍観者にいなっているだけではなくて、
自分に重ねて、自分で自分の灯をつけましょう!

たった一度の人生、主人公は自分なのですから!

◆今日の一言

「子曰く、憤せずんば啓せず。ひせずんば発せず。
一隅を挙げてこれに示し、三隅を以て反らざれば、則ち復せざるなり。」

わかりそうでわからず、わくわくしているのでなければ、指導しない。
言えそうで言えず、口をもぐもぐさせているのでなければ、はっきり教えない。
一つの隅をとりあげて示すとあとの三つの隅で答えるというほどでないと、
くりかえすことをしない。

つまりやる気のないものには教えない。
やる気のない人間には何を教えてもムダだからである。

論語